今日の「1分癒し」シリーズは、シューベルトの《野ばら》。
一度は耳にしたことがある、素朴で美しいメロディです。
その裏側にある、小さいけれど大きな物語を、そっと覗いてみませんか。
忘れていたメロディが、今日ふと耳に届く。新しい響きを探す、穏やかなひととき(^^♪ (スマホ片手にどうぞ♪)
シリーズ2回目は、1815年。
18歳のシューベルトが、150曲を超える歌曲を書き続けていた年です。
その只中で生まれた《野ばら》には、若い日の無邪気さと、ゲーテの詩が秘めた小さな物語が重なっています。
そしてこの詩は、後の作曲家たちにも大きな影響を与えていくことになります。
https://www.youtube.com/watch?v=FSrInlKio1o
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癒しのお時間としてお楽しみください♪
歌詞の持つニュアンスの世界
歌詞意訳を詳しく読む(クリックで展開)
朝の光の中で、赤く、可憐に、まるで微笑むように咲いていた。
「なんてかわいいんだろう。ぼくはこの花を折って持ち帰ろう。」
少年はそう思い、手を伸ばす。
「触れないで。もし折ろうとするなら、わたしはあなたを刺してしまうかもしれない。」
痛みを覚えながらも、ついに野ばらを折り取ってしまう。
野ばらは刺を立てて抵抗したけれど、最後には折られてしまった。
それでも、朝の光の中で咲いていた あの美しさは、確かにそこにあった。
棘と美しさの物語
ばらって、美しいですよね。でも、ばらには棘があります。
本来、柔らかい茎だから、そう簡単には折れないはずなのに——この曲は、ついに折れてしまう結末を迎えます。
無邪気さと美しさが折り重なっている有名曲なので、どうぞさらっと読んでください。
解きほぐすように冷静に書いていますが、「癒し時間」の延長くらいの気持ちで流していただけたらうれしいです。
ゲーテの詩に付けられた音楽『野ばら』と画像(クリックで展開)
ゲーテの詩に付けられた音楽『野ばら』
様々な作曲家が創っているだけに魅力があるけれど、他方、繊細な話になってくるのです。
(詩の呼吸に着目するのか、声の流れの感情に着目するのかでも、全然違ってしまうように)ここでは、詩の呼吸を大切にしたいです。
それは、感情というものが5秒で変わってしまう。気分というものは1分どうしてもかかる。この違いからです。

歌詞の核心部分を紐解く(クリックで展開)
歌詞の核心部分を紐解く
a-1)「なんてかわいいんだろう。ぼくはこの花を折って持ち帰ろう。」
驚きの瞬間(なんてかわいいんだろう)と手に入れたい衝動(この花を折って|持ち帰ろう)が、まだ頭の中に浮かんだだけであって、無邪気さの裏返しの所有欲まで入ったわけではないと思うのです。
a-2)「触れないで。もし折ろうとするなら、わたしはあなたを刺してしまうかもしれない。」
野ばら側にとってみれば、「どんなに植物であっても命があるの知ってる?」。攻撃したいのではなく、「存在を守ってほしいから、棘を立てざるを得なくなってしまう。」。他方、少年の無邪気さに潜む悪気のない無自覚な所有欲は、ばらにとっては、この上ないしずかな緊張になってしまう。
a-3)「痛みを覚えながらも、ついに野ばらを折り取ってしまう。」
純粋な少年の痛みは一瞬で、声を出したかもしれないし、出さなかったかもしれない。止めようと思えば、できた。
結局、樹脂の液を手に付けてまで、本当に折ってしまった。もはや、ばらの意思は尊重されず、無邪気な少年の所有欲が勝ってしまったのです。
昔を懐かしむと…(個人的回想・クリックで展開)
昔を懐かしむと…
トンボを追いかけたり、カブトムシを捕まえたり、蝉だってそうでした。蝉はあれだけ啼いて、あれだけ盛んに抵抗するのに。
けれど、植物は声を上げません。柳は強い風に揺られてもしなやかに耐え、杉は時に折れてしまう。
ばらは庭で育てていると、複雑に絡まりながら伸びていくことがあります。あれは、もしかしたら小さな防御なのかもしれません。
ブログを書いていたら、十数年前の、あの無邪気だった頃の記憶がふっと蘇ってきました。
曲の出だしに注目したシリーズ(全6回)
シリーズ一覧(タップで開く)
シリーズを順番に読むと、出だしの魅力がより深く感じられます♪
時間という空間に身を寄せると、いろいろな憧憬に満ちあふれていきます。
最後まで、読んでいただいてありがとうございます。