雄太のミュージック日記

60秒で心が整うクラシック。 スマホ片手のひとときに、オペラやバレエ、映画の余韻を静かに綴る日記です。 ヴァイオリン🎻とピアノ🎹も時たま弾いてます。デン・ハーグ(オランダ)の記憶とともに綴っています。

ドヴォルザーク:『自然の中で』 Op. 63より第1曲|森や風景のひびき

今回のお題は、「はじまりの恋、続いていく愛」にしてみました。朝は、今日の気持ちをそっと抱きしめる時間。夜は、明日へ心をほどく静かな誘い♪(優しい朝を紐解く時間の約1分(^^♪)

https://www.youtube.com/watch?v=_lXVm8Z6Sb4

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音が出ます! イヤホン推奨ですが、音なしでも本文をお楽しみいただけます

ドヴォルザーク:自然の中で 5つの合唱曲集よりOp. 63-1「自然の中で」

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日本語歌詞(意訳気味)ヴィーチェスラフ・ハーレク原詞

I. 魂の中に歌が思い浮かんだ  
歌は突然、呼び止められることもなく、
百の丘に露が降りるように、そっと私の魂へやって来た。

真珠のようにきらめき、息は若々しく、
それが喜びなのか、魂の叫びなのか、私には分からない。

けれど、その露は月から生まれたもので、
私の魂にはまだ歌がない。
最後の涙が流れ落ち、やがて日は夜明けを迎える。

森の入口で、朝の気配がほどけていく

 まだ空が白く、地面の色がはっきりしない時間帯。
 家々の屋根の上に薄い光が落ち始め、木々の影がゆっくりと形を取り戻していきます。そんな静かな朝に、遠くのほうから細い息づかいのような響きが近づいてくる気配を感じます。
 誰かが歩いてくるわけではないのに、空気の層がひとつ増えたような気配だけが、こちらの肩にそっと触れてくるのです。
 声なのか風なのか判別できないほどやわらかく、輪郭を持たないまま広がっていくその揺れは、森の奥で葉と葉がこすれ合う音にも似ています。
 意味を伝えようとする力よりも、ただそこにある空気の重なりのほうが先に届いてくるのです。
 耳を澄ませば澄ますほど、音そのものというより「空間の温度」が変わっていくように感じられ、朝の景色と画面の向こうの気配が、少しずつ同じ速度で動き始めています。

風の向きが変わるように、声が重なっていく

 しばらくすると、細い線のような響きがいくつも並び、互いにぶつからずに進んでいきます。
 高く跳ねるわけでも、深く沈むわけでもなく、一定の幅の中で前へ進んでいきます。  その動きは、森の小径を渡る風が、枝の角度に合わせて向きを変えるときのように自然で、無理のない雰囲気を醸し出しています。
 言葉の意味を追わなくても、口の動きから生まれるやわらかな音の粒だけで、土の匂いや湿った空気の重さが思い浮かんできます。
 周りの人々が誰なのかを知らなくても、そこにあるのは「人の声」というより「風景の一部」としての響きで、森の奥へ続く道の上に薄い霧がかかるように、ゆっくりと見渡す世界を満たしていくのを感じ取ります。
 やがて、いくつもの層が重なり合い、光の層が厚くなるように広がっていきます。そこにあるものは、強く押し出す瞬間はもはやなく、静かなまま輪郭だけが少しずつ変化していくだけです。
 その変化を遂げるさまは、まるで朝の光が雲の切れ間から差し込むときのように、気づけば周囲の色が変わっている、そんな自然な移ろい方をしていることに感動を覚えるのでした。

今日の影をそっと置いていくための一曲として

 時が進むにつれて、呼吸もゆっくりと深くなっていきます。
 森の中を歩いているわけではないのに、足元の土のやわらかさや、葉の裏に残った水滴の冷たさが想像できるほど、響きが風景と結びついていくのを感じ取ります。
 終わりに近づくころには、朝のざわつきが少しだけ遠ざかり、胸の奥に静かな空白が生まれる。
 静かに音が消えたあとも、耳の奥には細い線の残り香が漂い、森の出口に立ったときのような余韻が残り続けます。
 その余韻の先で、もう少しだけ小さな輪の動きを聴きたくなる瞬間があり、北の地で生まれた次の時間へと移っていくのでした。